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記憶が正しいか急に不安になり、何度確認しても疑念が消えないといった経験はありませんか?こうした状況が日常に影を落としている場合は、強迫性障害(OCD)が疑われます。
本記事では、記憶への不安が生まれるメカニズムを専門家の視点から解説し、その悩みを和らげ、穏やかな毎日を取り戻すための具体的な方法をわかりやすく紹介します。
強迫性障害(OCD)の基礎知識|「記憶に自信がない」と感じる理由

記憶への不安は誰にでも起こりうるものですが、その不安が過度になり日常生活に支障をきたすほどになると、強迫性障害(OCD)の症状である可能性が考えられます。強迫性障害における記憶への不安は単なる物忘れではありません。特定の心理的メカニズムによって引き起こされます。
ここでは、強迫性障害の基礎知識をまとめます。
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記憶への不安が強迫観念や確認行為に繋がるメカニズム
強迫性障害において、記憶への不安は強迫観念と呼ばれる不快で反復的な思考やイメージ、衝動として現れます。「鍵を閉めたか自信がない」「ガス栓を閉めたか覚えていない」といった不安が頭から離れなくなり、何か悪いことが起こるのではないかという恐れと結びついていきます。
この強迫観念を打ち消そうとする行動が確認行為です。不安を一時的に和らげるために、何度も鍵やガス栓を確認したり、人に尋ねたり、メモを見返したりする行動が繰り返されます。
しかし確認行為は一時的な安心感しかもたらさず、根本的な不安の解消にはつながりません。確認すればするほど本当にこれで大丈夫だったのかという疑念が増幅され、記憶への不信感がさらに強まる悪循環に陥ってしまう仕組みです。
OCDにおける「記憶の確認」と「記憶の反芻」の概要
強迫性障害において、記憶への不安から生じる行動には、主に記憶の確認と記憶の反芻(はんすう)があります。これらは通常の記憶の曖昧さとは異なり、強い不安や不快感を伴い、日常生活に大きな支障をきたす点が特徴です。ここではそれぞれの概要を解説します。
記憶の確認
自分の記憶が正しいかどうかを確かめるために、繰り返し行動をチェックする行為です。メールを送った後に何度も送信履歴を確認したり、戸締まりをした後に何度もドアノブを触って確かめたりするのが典型例です。不安を軽減しようとする試みですが、実際には不安を増大させ、記憶への信頼を損なう結果につながります。
記憶の反芻
過去の出来事や自分の行動に関する記憶を、頭の中で何度も繰り返し考える内的なプロセスです。「あの時、自分は本当に失礼なことを言わなかったか」「あの書類は完璧だったか」といった疑問が頭から離れず、延々と記憶を分析し続けます。
外的な行動を伴わない分、気づきにくいものの、答えの出ない問いを繰り返すことで記憶の不確実性が強調され、自信を徐々に奪われる点が特徴です。
強迫性障害による「記憶に自信がない」不安を軽減させるセルフケア

強迫性障害による記憶への不安は、日常生活に大きな影響を及ぼします。しかし適切なセルフケアを取り入れることで、不安を軽減し、より穏やかな毎日を取り戻せる可能性があります。ここでは、今日から実践できる具体的な方法をみていきましょう。
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認知行動療法の考え方を取り入れる
記憶への不安は「もし間違っていたらどうしよう」「完璧に覚えていないと大変なことになる」といった特定の思考パターンによって強まります。
認知行動療法(CBT)は、不安を引き起こす思考の歪みを特定し、より現実的で建設的なものへと変えていくアプローチです。具体的には、以下のステップで不安に対処していきます。
不安な思考の特定
どのような状況で、どんな記憶に対して不安を感じるのかを具体的に書き出します。戸締まりをしたか自信がない、あのメールを送ったか覚えていない、など内容を把握することが第一歩です。
思考の客観視
その思考が事実に基づいているのか、不安が生み出したものなのかを客観的に評価します。本当に戸締まりを忘れたことが過去にあったか、メールを送った証拠はないか、など証拠を探す視点が有効です。
代替思考の検討
不安な思考に代わる、より現実的でバランスの取れた考え方を検討します。完璧に覚えていなくても大抵のことは問題ない、確認しなくても大きなトラブルになることはほとんどない、など自分にとって受け入れやすい代替案を見つけましょう。
行動への適用
新しい思考パターンは、頭で理解するだけでなく実際の場面で繰り返し使うことで定着していきます。不安な状況に直面した際、まずは小さな場面から意識的に実践し、少しずつ日常生活へ広げていきましょう。
記憶の確認行為を減らすためのステップ
記憶への不安は、しばしば過度な確認行為へとつながります。しかし確認すればするほど不安が増すという悪循環に陥りやすいため、段階的に確認行為を減らしていく取り組みが重要です。以下に、確認行為を減らすための具体的なステップを紹介します。
確認行為の記録
まずは自分がどのような確認行為を、どれくらいの頻度で行っているかを記録しましょう。1日に5回戸締まりを確認する、メールの送信履歴を3回見るなど、客観的に把握することが出発点です。
不安階層の作成
記録した確認行為の中から、比較的軽い不安で済むものから非常に強い不安を感じるものまで、不安の度合いに応じてリストアップします。この階層を可視化することで、どこから取り組むべきかが明確になり、無理なく段階を踏んで進められます。
段階的な確認の抑制
不安階層の低いものから始め、確認行為を少しだけ我慢する練習をします。戸締まりの確認を3回から2回に減らすといった、小さな目標設定が取り組みやすいでしょう。
不安耐性の向上
確認行為を我慢している間は不安が高まりますが、その不安が時間とともに自然に減少することを体験します。不安と共存する力を少しずつ養っていく過程です。
行動実験
もし確認しなかったらどうなるかという仮説を立て、実際に確認せずに過ごしてみましょう。多くの場合、確認しなくても問題が起こらないことを実感でき、不安への向き合い方が変わっていきます。
マインドフルネスで「今ここ」に集中する
過去の記憶への囚われや未来への不安に意識が向きがちな強迫性障害において、マインドフルネスは有効なセルフケアの一つです。今この瞬間に意識を向け、浮かび上がる思考や感情、身体感覚を批判せずにただ観察する練習がマインドフルネスの基本的な姿勢です。
記憶への不安が浮かんだとき、人は無意識のうちにその思考に巻き込まれ、過去を反芻したり未来を心配したりしがちです。マインドフルネスを実践することで、そうした思考から一歩距離を置き、これはただの思考だと客観的に捉えられるようになります。
まずは簡単な呼吸瞑想から始めるのがよいでしょう。静かな場所で座り、目を閉じるか半眼にして呼吸に意識を向けます。息を吸う感覚、吐く感覚、お腹の動きなど、身体が感じる今に集中します。途中で記憶への不安や別の思考が浮かんできても否定せず、思考が浮かんだなと認識したうえで、再び呼吸へと意識を戻しましょう。数分からで構わないので、毎日継続することで心の落ち着きが育まれ、今ここに集中する力が少しずつ養われていきます。
ジャーナリングで記憶の曖昧さを受け入れる
ジャーナリングとは、日記のように自分の思考や感情を書き出す手法です。記憶への不安に悩む方にとって、頭の中でぐるぐると巡る思考を整理し、客観的に見つめ直す際に役立ちます。
記憶への不安を感じたとき、その記憶の内容、生じた感情、どのような確認行為をしたか、あるいはしたくなったかを具体的に書き出してみましょう。
- 〇月〇日の出来事について、本当にそうだったか自信がない
- この不安が強くて、何度もSNSの投稿を確認してしまった
- もし間違っていたら周りにどう思われるだろう、という恐怖がある
書き出すことで、自分の不安のパターンや、それに伴う感情を客観的に把握できるようになります。記憶の曖昧さや不確かさは誰にでもある自然なものであり、完璧な記憶を求める必要はないという認識が少しずつ深まるでしょう。
ジャーナリングは記憶の不確かさを受け入れるプロセスを後押しし、不安と上手に付き合っていくための一歩となります。
強迫性障害で記憶に自信がないときに頼れる専門家と治療

記憶への不信感が日常生活に影響を与えている場合は、専門家のサポートが助けになる可能性があります。相談できる専門家の種類や主な治療法とあわせて、どのような状況で頼ることができるのかを解説します。
専門家に相談すべきタイミング
記憶への不安が日常生活に支障をきたしていると感じたら、専門家への相談を検討するサインかもしれません。以下のような状況が続く場合は、早めに相談することをすすめします。
日常生活への影響が大きい場合
記憶の確認行為に多くの時間を費やし、仕事や学業、人間関係に支障が出ている状態です。確認に追われることで、本来やるべきことに集中できなくなっているケースも少なくありません。
セルフケアだけでは改善が見られない場合
認知行動療法的なアプローチやマインドフルネスを試しても不安が軽減されない、あるいは悪化していると感じる場合です。自力での対処に限界を感じたときが、専門家に頼るタイミングといえます。
精神的な苦痛が大きい場合
記憶への不安が原因で常にストレスを感じたり、抑うつ気分が続いたりしている状態です。心身への負担が積み重なる前に、早めのサポートを求めることが大切です。
症状が進行していると感じる場合
記憶への不安や確認行為がエスカレートし、以前より症状が重くなっていると感じる場合です。進行を食い止めるためにも、専門家への相談を先延ばしにしないことが重要です。
精神科医や心理士ができること
強迫性障害における記憶の不安に対しては、主に精神科医と心理士がサポートを担います。両者が連携して治療を進めることが多く、薬物療法と心理療法を組み合わせた多角的なアプローチが取られます。
精神科医
精神疾患の診断と薬物療法を専門とする医師です。記憶への不安が強迫性障害の症状であるかを診断し、必要に応じてSSRIなどの抗うつ薬を処方します。薬物療法は脳内の神経伝達物質のバランスを調整し、不安や強迫観念を軽減する効果が期待できます。
心理士(臨床心理士・公認心理師など)
心理療法を専門とする心の専門家です。強迫性障害に対しては、認知行動療法(CBT)や曝露反応妨害法(ERP)を用いて、記憶への不安や確認行為を減らすための具体的なアプローチを指導します。薬物療法と併用することで、より効果的な治療が期待できます。
強迫性障害の主な治療法(薬物療法・心理療法)
強迫性障害の治療には、主に薬物療法と心理療法が用いられます。記憶への不安もこれらの治療を通じて改善が期待できます。
薬物療法
主にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という種類の抗うつ薬が用いられます。脳内のセロトニンという神経伝達物質の量を調整することで、強迫観念や不安を和らげる効果があります。効果が現れるまでに数週間かかる場合があり、医師の指示に従い継続的に服用することが重要です。
心理療法
強迫性障害に対して最も効果的とされるのが、曝露反応妨害法(ERP)を含む認知行動療法です。
曝露反応妨害法(ERP)は、不安や恐怖を感じる状況に意図的に身をさらしながら、通常行っていた確認行為や反芻といった強迫行為を我慢する練習です。鍵を閉めたか不安だが確認に戻らない、といった行動を段階的に実践することで、不安が時間とともに自然に減少していくのを体験します。強迫行為なしでも不安に対処できるという感覚を積み重ねていく点が特徴です。
認知行動療法(CBT)では、記憶への不安を引き起こす否定的な思考パターンを特定し、より現実的でバランスの取れた考え方へと修正していく練習を行います。完璧に覚えていないと大変なことになる、といった思い込みを少しずつほぐしていく手法です。
強迫性障害による記憶に自信がない不安に向き合うための心構え
強迫性障害による記憶への不安は、日常生活に大きな負担をもたらします。不安と向き合い、少しずつ回復へと歩んでいくうえで、押さえておきたい心構えを紹介します。
完璧な記憶は必要ないことを理解する
人間の記憶はもともと完璧ではなく、忘れたり曖昧になったり、時に誤って記憶したりすることは誰にでも起こりうる自然な現象です。強迫性障害によって記憶の完璧さを過度に追求すると、終わりのない確認行為や反芻に陥り、苦しみがさらに深まります。
記憶の曖昧さや不確かさを受け入れる姿勢が、強迫観念から解放されるための第一歩です。完璧を目指すのではなく、これで十分だと自分に許可を与える練習を少しずつ積み重ねていきましょう。
回復への道のりと希望
強迫性障害による記憶への不安は、適切な治療やセルフケアによって改善に向かいます。回復の過程は一進一退に感じられる時期もありますが、小さな進歩であっても自分自身を認めていく姿勢が大切です。
焦らず一歩ずつ取り組むことで、記憶への不安は徐々に軽減されていきます。この経験を通じて培われる力を信じながら、前向きに歩みを続けていきましょう。
強迫性障害による記憶に自信がない不安を乗り越えて、回復への道を一歩ずつ歩もう
強迫性障害による記憶への不安は、確認行為や反芻という悪循環を生み出し、日常生活に大きな影響を及ぼします。しかしそのメカニズムを理解し、認知行動療法やマインドフルネス、ジャーナリングといったセルフケアを取り入れることで、不安を少しずつ軽減できます。
症状が深刻な場合は精神科医や心理士への相談も有効な選択肢です。完璧な記憶を求めるのではなく、曖昧さを受け入れながら、焦らず一歩ずつ回復へと歩んでいきましょう。強迫性障害にお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
監修者
院長 根木 淳
愛知県生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、大手金融機関に勤務。2005年、秋田大学医学部卒業後、名古屋市立大学医学部精神科に入局。八事病院、三重県立子ども心身発達医療センターなどで研鑽を積む。京都大学医学部大学院とfMRIによる精神症状の脳機能の共同研究を経て慶應義塾大学大学院精神・神経科に入局。東京大学工学系研究科と連携して自動車運転の認知機能と安全性についての研究を行う。大学病院での診療、戸田病院、秋元病院、ガーデンクリニックなどでの診療業務に併行して、外資系及び国内大手IT企業、外資系大手コンサルティングファーム、テレビ・インターネット通販企業、都市銀行、国内大手証券会社、総合商社、特許翻訳・知財コンサル系企業、建設コンサルタント企業、広告代理店、大手旅行代理店、独立行政法人(公的法務支援機関)、大手不動産、大手企業信用調査会社、グローバルEC系企業、大手アパレル企業、国内最大手スーパーなど、都心大企業を中心に50社以上の産業医として企業のメンタルヘルスに従事。令和2年5月、北越谷駅前さくらメンタルクリニック院長に就任。併行して産業医業務に従事している。 【資格・所属学会など】 日本精神神経学会専門医・指導医 精神保健指定医 日本医師会認定産業医 日本老年精神医学会専門医・指導医