クリニックブログ
「最近、いつもより異常に元気で眠らなくても平気」「家族が急に高額な買い物をするようになった」「数年前、人が変わったように活動的だった時期があった」——双極性障害の「躁状態」について調べている方の中には、このような気がかりな状況に直面している方も多いのではないでしょうか。
躁状態は、双極性障害の最も特徴的な症状の一つで、ただの「ハイテンション」や「元気な状態」とは明確に異なる病的な状態です。本人は「絶好調」と感じている一方で、周囲から見ると別人のように映り、無謀な行動・浪費・人間関係のトラブルなどを引き起こし、人生に大きな影響を与えることがあります。
躁状態の最大の問題は、本人が「病気」と認識しにくいことです。だからこそ、本人・家族の双方が躁状態の症状とサインを正しく理解し、早期に医療につなげる知識が極めて重要になります。
この記事では、躁状態の定義・症状・軽躁状態との違い・原因・治療法・家族の対応・後始末・再発予防までを精神科医の視点から網羅的に解説します。躁状態を正しく理解し、適切に対処することで、本人の人生と社会的信用を守る一歩としていただければ幸いです。
躁状態とは何か
双極性障害の主要症状の一つ
躁状態とは、気分が異常に高揚し、活動性・思考・行動のすべてが過剰に活発になる病的な精神状態を指します。双極性障害(双極症)の最も特徴的な症状で、これがあるかどうかで双極性障害かうつ病かが分けられる重要な指標です。
躁状態は、脳内の神経伝達物質(ドーパミン・ノルアドレナリン・セロトニン等)のバランスが大きく崩れることで起こります。本人の意思だけではコントロールが難しい医学的な状態です。
「元気」「ハイテンション」とは異なる病的状態
躁状態は、単に「元気な状態」や「気分がいい状態」ではありません。健康な人にも気分が高揚することはありますが、それと躁状態には明確な違いがあります。
- 【健康な高揚感】嬉しい出来事に応じて起こり、現実的な範囲内
- 【躁状態】明確なきっかけなしに起こり、現実離れしたレベル
- 【健康な高揚感】数時間〜1日程度で落ち着く
- 【躁状態】1週間以上、場合によっては数ヶ月続く
- 【健康な高揚感】社会生活に支障はない
- 【躁状態】家庭・仕事・人間関係に深刻な影響
つまり、「ただの元気な人」と「躁状態の人」は、症状の質も持続期間も社会への影響もまったく異なる別の状態なのです。
持続期間(1週間以上)
DSM-5(アメリカ精神医学会の診断基準)では、躁状態の診断には「1週間以上ほぼ毎日、1日の大半にわたって症状が続く」ことが必要とされています(入院治療が必要な場合はいかなる期間でもよい)。
数日間だけテンションが高い、1日だけ眠れず動き回った——これだけでは躁状態とは診断されません。明確に通常と異なる気分・活動性が、数週間にわたって続くことが躁状態の特徴です。
本人は「絶好調」と感じる
躁状態の最大の特徴であり、最も厄介なのが、本人が「絶好調」「これまでで最も調子がいい」と感じることです。気分が高揚し、自信に満ち、エネルギッシュで、何でもできるように感じます。
そのため、本人は「自分は病気ではない」「治療など必要ない」と考え、医療機関への受診を拒否することがよくあります。これを「病識欠如」と呼びます。家族や周囲が早めに気づき、医療につなげることが極めて重要です。
躁状態の本人は「自分は病気ではない」と確信しています。だからこそ、家族・周囲の早期発見と冷静な対応が、本人を守る鍵となります。
躁状態と軽躁状態の違い【比較表】

症状の強さと持続期間
「躁状態」と「軽躁状態」は、症状の強さと社会生活への影響度合いで区別されます。両者の違いを表で整理しました。
|
比較項目 |
躁状態 |
軽躁状態 |
|---|---|---|
|
症状の強さ |
非常に強い・激しい |
軽い・穏やか |
|
持続期間 |
1週間以上ほぼ毎日 |
4日以上ほぼ毎日 |
|
社会生活への影響 |
重大な支障(財産・信用喪失) |
大きな支障はない |
|
入院の必要性 |
入院が必要になることが多い |
通常は外来治療で可 |
|
本人の自覚 |
ほぼ自覚なし(病識欠如) |
「調子がいい」と感じる程度 |
|
周囲の認識 |
「人が変わった」と気づく |
「最近元気だな」程度 |
|
該当する型 |
双極Ⅰ型障害 |
双極Ⅱ型障害 |
|
浪費・トラブル |
頻発・規模が大きい |
少ない・軽微 |
|
精神病症状 |
妄想・幻覚を伴うことも |
基本的に伴わない |
社会生活への影響
躁状態と軽躁状態を分ける最も重要な基準が、「社会生活に重大な支障をきたすかどうか」です。
- 【躁状態】高額な浪費・無謀な契約・職場でのトラブル・暴言暴力など社会生活や金銭面に深刻な影響が及ぶことがある
- 【軽躁状態】「普段より積極的」「いつもより活動的」程度で、本人の社会生活はなんとか維持されている
ただし、軽躁状態でも長期化したり、頻繁に繰り返したりすると、徐々に人間関係や社会的評価に影響を及ぼすため、軽視できません。
入院の必要性
躁状態は症状が激しく、社会的トラブルが深刻になりやすいため、入院治療が必要になることが多くあります。一方、軽躁状態は通常、外来通院での薬物療法でコントロールできます。
双極Ⅰ型と双極Ⅱ型の関係
躁状態と軽躁状態は、双極性障害の型(タイプ)の違いに対応します。
- 【双極Ⅰ型障害】激しい躁状態が現れるタイプ。うつ状態がなくても、躁状態があれば診断される
- 【双極Ⅱ型障害】軽躁状態とうつ状態の両方が現れるタイプ。激しい躁状態は経験しない
双極Ⅱ型は軽躁状態が見過ごされやすく、うつ病と誤診されることが多いタイプです。「最近やたら調子がよかった時期」がある方は、医師に伝えることが大切です。
躁状態の具体的症状【4分類】
躁状態の症状は多岐にわたります。理解しやすいよう、「気分」「思考」「行動」「身体」の4つに分けて整理しました。
気分面の症状(高揚・易怒性・誇大感)
躁状態の気分面の症状は、一見ポジティブに見えるものの、極端で病的なレベルです。
- 【異常な気分の高揚】根拠なく多幸感・有頂天になる
- 【誇大感(誇大性)】「自分は何でもできる」「特別な存在だ」と過大評価
- 【易怒性】些細なことで激しく怒る・苛立つ
- 【焦燥感】落ち着かず、じっとしていられない
- 【感情の不安定さ】気分が急変する
特に「易怒性」は周囲を傷つけやすく、人間関係を破綻させる原因になります。
思考面の症状(観念奔逸・誇大妄想)
躁状態では、思考のスピードが異常に速くなり、内容も現実離れしていきます。
- 【観念奔逸】次々とアイデアが浮かび、考えがまとまらない
- 【思考の飛躍】話題がコロコロ変わってつじつまが合わない
- 【誇大妄想】「自分は世界を変える人物」「特別な使命がある」など現実離れした信念
- 【判断力の低下】リスクを過小評価し、無謀な決断をする
- 【注意散漫】一つのことに集中できず、次々と関心が移る
思考が速すぎるため、本人は「頭が冴えている」と感じますが、実際にはまとまった結論を出せず、計画を最後まで遂行できなくなります。
行動面の症状(多弁・浪費・衝動的行動)
躁状態では行動が異常に活発になり、社会的トラブルを引き起こしやすくなります。
- 【多弁】話が止まらない・早口になる・誰彼かまわず話しかける
- 【浪費】高額な買い物・投資・ギャンブル
- 【衝動的行動】突然の転職・退職・離婚・移住
- 【性的逸脱】不適切な人間関係・複数のパートナー
- 【攻撃性】暴言・物理的暴力
- 【無謀な計画】事業立ち上げ・大型契約
- 【深夜の活動】夜中に電話・メール・SNS発信
身体面の症状(睡眠減少・食欲増減)
躁状態では身体面にも顕著な変化が現れます。
- 【睡眠欲求の減少】2〜3時間寝るだけで疲れを感じない
- 【寝不足感がない】通常なら疲労困憊の睡眠時間でも元気
- 【食欲増減】食事を忘れるほど活動的、または過食
- 【身体的活力の増加】疲れを感じない・動き続ける
- 【性欲亢進】性的活動の増加
- 【体重減少】活動過多と食事不足による
「眠らなくても平気」「疲れない」は躁状態の最も特徴的なサインの一つです。実際には身体に疲労が蓄積していますが、本人は気づきません。
躁状態で見られる典型的な行動
高額な買い物・浪費・ギャンブル
躁状態で最もよく見られる問題行動が、金銭面のトラブルです。
- 数百万円〜数千万円の高額な買い物
- 家族に内緒の借金
- カードのリボ払い・キャッシング
- FX・株・仮想通貨での投機
- 競馬・パチンコなどギャンブルへの依存
- 飲食店での豪遊
- 不要な高級車・不動産の購入
躁状態が落ち着いた後、莫大な借金・財産喪失に直面し、本人と家族が深いダメージを受けることが少なくありません。
衝動的な決断(退職・転職・離婚)
躁状態では、人生を大きく変える決断を衝動的に下してしまうことがあります。
- 「上司と喧嘩して辞表を叩きつける」
- 「条件を見ずに転職を決める」
- 「壮大な事業を立ち上げる」
- 「家族と喧嘩して離婚届を提出」
- 「突然の海外移住・引っ越し」
これらの決断は寛解期に振り返ると「なぜあんなことをしたのか」と、後から大きな後悔につながることがあります。
性的逸脱・複数の人間関係
躁状態では性欲が亢進し、性的に逸脱した行動を取ることがあります。
- 複数のパートナーとの関係
- 配偶者を裏切る浮気
- 不適切な相手との関係
- 性的サービスへの過剰利用
これらも寛解期に大きな後悔と人間関係の崩壊につながります。
人間関係のトラブル・暴言
躁状態では易怒性が高まり、人間関係でトラブルが多発します。
- 家族・配偶者への暴言
- 職場の上司・同僚との衝突
- 友人との絶縁
- SNSでの過激な投稿
- 見知らぬ人とのトラブル
社会的信用を一気に失い、回復に長い時間がかかることもあります。
無謀な投資・契約
判断力の低下により、無謀な契約をしてしまうこともあります。
- 怪しい投資話への参加
- マルチ商法への加入
- 高額な保険・サブスクリプション契約
- 不動産の即決購入
- 詐欺被害
躁状態中の契約は、後から取り消せる場合もあります(特定商取引法のクーリングオフ、民法の意思能力欠如等)。被害が判明したら早めに弁護士・消費生活センターに相談しましょう。
躁状態のサイン【セルフチェック】
本人が自覚しやすいサイン
躁状態は本人が病識を持ちにくい状態ですが、寛解期に振り返ると「あの時はそうだった」と気づけるサインがあります。
- 普段より睡眠時間が大幅に減っているのに疲れない
- 頭の中で次々とアイデアが湧く
- やることリストが急に膨大になる
- 「自分は何でもできる」と感じる
- 普段ならしない高額な買い物をしてしまう
- 人と話したくてたまらない
- 感情の起伏が激しくなる
- いつもより饒舌になっている
家族・周囲が気づきやすいサイン
家族から見て気づきやすいサインも整理しました。
- 「最近元気すぎる」「人が変わったよう」
- 睡眠時間が極端に短くなった
- 口数が多くなり、話が止まらない
- 早口になっている
- 化粧や服装が派手になった
- 予定を詰め込みすぎている
- 怒りっぽくなった・イライラしている
- 買い物の頻度・金額が異常
- 夜中に電話・メール・SNSを発信している
- 壮大な計画を語るようになった
セルフチェックリスト(現在用)
以下の症状のうち、いくつ当てはまるかチェックしてみてください。
- ①ほとんど眠らなくても疲れを感じない
- ②気分が異常に高揚している
- ③次々とアイデアが浮かんで止まらない
- ④話し続けたい・話が止まらない
- ⑤普段しないような大きな買い物・行動をしている
- ⑥「自分は何でもできる」と感じる
- ⑦些細なことでイライラ・激怒する
- ⑧注意散漫で集中できない
- ⑨複数の予定や活動を同時にこなそうとしている
- ⑩性的欲求が異常に高まっている
3つ以上当てはまる状態が数日以上続いている場合は、双極性障害の躁状態(または軽躁状態)の可能性があります。早めに精神科・心療内科の受診をおすすめします。
過去の躁状態を振り返るチェックリスト
過去に下記のような時期がなかったか、振り返ってみてください。
- 数日〜数週間、異常に元気で眠らなくても平気だった
- 壮大な計画を立てて行動した
- 普段しないような高額な買い物をした
- 家族や友人から「人が変わった」と言われた
- 衝動的に転職・退職・離婚を決断した
- 覚えていないほど話し続けた
- 「絶好調だった」と振り返る時期がある
該当する時期がある方は、現在うつ病と診断されていても双極性障害の可能性があります。次回の診察で必ず主治医に伝えてください。
躁状態の原因
脳内神経伝達物質のバランス異常
躁状態の根本的な原因は、脳内の神経伝達物質のバランス異常です。特に以下の物質が関わっています。
- 【ドーパミン】快楽・報酬・意欲。過剰になると気分高揚・誇大感
- 【ノルアドレナリン】覚醒・集中・興奮。過剰になると活動性増加
- 【セロトニン】感情の安定・抑制機能。低下すると衝動性増加
これらの神経伝達物質のバランスが崩れることで、気分・思考・行動が制御できなくなり、躁状態が現れます。
遺伝的要因
双極性障害は遺伝的要因が比較的強い病気です。
- 親が双極性障害の場合、子の発症リスクは約10倍
- 一卵性双生児の発症一致率は40〜70%
- 家族・親戚に双極性障害の方がいる場合、躁状態を発症しやすい
ただし、遺伝だけで決まるわけではなく、環境要因との組み合わせで発症します。
睡眠不足(最大の誘因)
睡眠不足は躁状態の最も重要な誘因の一つです。
- 一晩の徹夜でも躁状態を誘発する可能性
- 時差を伴う海外旅行(時差ボケ)
- 夜勤・交代勤務
- 不規則な生活リズム
- 不眠症
「ほとんど寝ていないのに元気だ」と感じる時は要注意。逆に、躁状態を防ぐためには、睡眠リズムの安定が最も重要です。
ライフイベント・ストレス
人生の大きな出来事も躁状態の引き金になります。
- 結婚・出産・昇進など喜ばしい出来事
- 死別・離婚・失業など悲しい出来事
- 引っ越し・転職など環境の大きな変化
- 経済的問題
- 身体の病気・手術
ポジティブな出来事も含めて、生活の大きな変化はストレスとなり、躁状態の引き金になり得ます。
薬剤性(抗うつ薬による躁転)
双極性障害の方がうつ病と誤診されて抗うつ薬を処方されると、「躁転(うつ状態から急に躁状態に転じること)」を起こすことがあります。
- SSRI・SNRI・三環系抗うつ薬の単独使用
- 気分安定薬を併用しないケース
- 急速交代型(ラピッドサイクラー)への移行リスク
うつ病の治療で抗うつ薬を始めた後、急に元気になりすぎた場合は、双極性障害の可能性があります。主治医に必ず伝えてください。
躁状態の治療法

薬物療法の基本
躁状態の治療は、薬物療法が中心です。気分安定薬・非定型抗精神病薬を組み合わせて、まず躁状態を鎮めることが最優先となります。
多くの場合、躁状態は1〜2ヶ月の間に改善します。ただし症状が激しい場合は、入院治療が必要になることもあります。
第一選択薬:リチウム(炭酸リチウム)
躁状態の治療において、リチウム(商品名:リーマス)は最も古くから使われている第一選択薬です。
- 躁状態の鎮静化と再発予防に効果
- 自殺予防効果も知られている
- 血中濃度の測定が必要(治療域が狭い)
- 効果が出るまで2週間程度
- 副作用:手の震え・口の渇き・体重増加・甲状腺機能低下等
リチウムは効果が確立された薬ですが、適切な血中濃度の維持が重要です。定期的な血液検査を欠かさないようにしましょう。
非定型抗精神病薬(オランザピン等)
即効性が必要な場合、非定型抗精神病薬がよく使われます。
- 【オランザピン(ジプレキサ)】鎮静作用が強く即効性あり
- 【アリピプラゾール(エビリファイ)】比較的副作用が少ない
- 【クエチアピン(セロクエル)】鎮静・睡眠改善
- 【リスペリドン(リスパダール)】躁状態の鎮静
- 【ルラシドン(ラツーダ)】比較的新しい選択肢
これらの薬はリチウムより早く効果が現れるため、激しい躁状態の急性期にはこれらが優先されることもあります。
気分安定薬(バルプロ酸・カルバマゼピン)
リチウム以外の気分安定薬も使用されます。
- 【バルプロ酸(デパケン)】てんかん薬として開発、躁状態に有効
- 【カルバマゼピン(テグレトール)】難治性の躁状態に使用
- 【ラモトリギン(ラミクタール)】うつ状態の予防に効果的
リチウムが効きにくい・副作用で使えない場合の選択肢として重要です。
治療で改善するまでの期間
躁状態は適切な治療で1〜2ヶ月の間に改善することが多いです。
- 非定型抗精神病薬:数日〜1週間で効果
- リチウム:2週間程度で効果
- 症状の鎮静化:数週間
- 完全な寛解:1〜2ヶ月
ただし、症状の重さや個人差が大きく、治療には根気が必要です。改善した後も、再発予防のため服薬を継続することが大切です。
入院が必要なケース
入院を検討する判断基準
躁状態の場合、以下のような状況では入院治療が検討されます。
- 社会的トラブルが頻発している(浪費・暴言・暴力)
- 自傷・他害のおそれがある
- 身体的な衰弱(極度の睡眠不足・体重減少)
- 外来治療では症状をコントロールできない
- 家族の負担が限界
- 本人が自分や財産を守れない状態
- 妄想・幻覚など精神病症状を伴う
躁状態の重症化を防ぎ、本人と家族の生活を守るため、適切なタイミングでの入院判断が重要です。
任意入院・医療保護入院の違い
精神科の入院には、本人の同意の有無により形態が分かれます。
- 【任意入院】本人が同意する入院。最も望ましい形態
- 【医療保護入院】本人の同意は得られないが、家族(配偶者・親・子等)の同意による入院。精神保健指定医の診察が必要
- 【措置入院】自傷他害のおそれがあり、知事の判断による入院
躁状態の本人は病識がないため受診・入院を拒否することが多く、医療保護入院が選択されることがあります。これは家族と本人の安全を守るための制度であり、家族が罪悪感を持つ必要はありません。
入院期間の目安
躁状態の入院期間は、症状の重さによって1ヶ月〜3ヶ月程度が一般的です。
- 急性期(症状が激しい時期):2〜4週間
- 回復期(症状が落ち着く時期):2〜6週間
- 退院準備期:2〜4週間
入院中は、薬物療法の調整・休養・心理教育・退院後の生活設計などが行われます。退院後も外来通院・服薬継続が必要です。
躁状態のときの本人の過ごし方
躁状態の本人ができる対処法をお伝えします。ただし、躁状態の最中は判断力が低下しているため、寛解期に「次に躁状態になったら」と事前に決めておくことが現実的です。
服薬を絶対に続ける
「調子がいいから薬は要らない」と感じても、絶対に自己判断で服薬を中止しないでください。服薬中止は躁状態の悪化と再発の最大の原因です。
家族に薬の管理を頼む、ピルケースで管理する、服薬アプリで通知を設定するなど、確実に服薬を続ける仕組みを作りましょう。
睡眠時間を確保する
「眠らなくても平気」と感じる時こそ、睡眠リズムを意識的に整える必要があります。
- 毎日同じ時間に就寝する努力
- 睡眠薬の処方があれば服薬する
- 夜間のスマホ・パソコンを控える
- 最低6〜7時間の睡眠を目指す
睡眠不足は躁状態を悪化させる最大の要因です。眠気を感じなくても、横になって休む時間を確保しましょう。
重大な決断を避ける
躁状態中は判断力が低下しているため、人生に関わる重大な決断は絶対に避けてください。
- 退職・転職
- 離婚・結婚
- 不動産の購入・売却
- 大きな投資・契約
- 引っ越し・移住
「今すぐ決めなければ」と焦る気持ちが湧きますが、これも躁状態の症状です。寛解期に冷静に考えてからでも遅くありません。
躁状態中の決断は、後から負担や後悔につながることが少なくありません。最低でも数週間〜数ヶ月延期して、寛解期に冷静に考えましょう。
刺激を減らす
躁状態中は外からの刺激に過敏になっています。意識的に刺激を減らしましょう。
- 予定を最小限にする
- 人混みを避ける
- SNSから距離を置く
- カフェイン・アルコールを控える
- 静かで落ち着ける環境にいる
家族・主治医と連携
躁状態を一人で乗り切ろうとせず、家族・主治医と連携することが大切です。
- 躁状態のサインに気づいたら早めに主治医に連絡
- 家族に状態を共有
- 家族に重要な決断を止めてもらうよう依頼
- クレジットカード等を一時的に家族に預ける
- 緊急時の連絡先を確認しておく
家族・周囲の対応
早めに気づいて受診を促す
躁状態の本人は病識がないため、家族の早期発見が重要です。気になるサインがあれば、本人が抵抗しても早めに受診を促しましょう。
- 「最近睡眠が少ないみたいだから一度診てもらおう」
- 「健康診断のついでに相談しよう」
- 信頼できる第三者から勧めてもらう
- 本人が拒否する場合、家族だけで先に主治医に相談
否定せず受け流す
感情が高ぶっている時は、理屈で説得しようとしても難しいことが多いです。「それは違う」「やめなさい」と否定すると、激しく反発されます。
- 「そうなんだね」と受け流す
- 意見を押し付けない
- 感情的に反論しない
- 距離を取る・その場を離れる
本人の主張は病気の症状によるもので、寛解期に振り返れば本人も理解します。今はぶつからないことが最善です。
重要な決断を止める(財産管理)
躁状態での衝動的決断や浪費を防ぐため、家族が重要なものを管理することが必要です。
- クレジットカード・通帳・印鑑を預かる
- オンライン銀行のパスワードを変更
- ECサイトの注文制限・キャンセル
- 不動産・大型契約を止める
- 会社の上司に相談(退職届の保留)
- 成年後見制度の利用検討(深刻なケース)
寛解期に、本人と「躁状態になったら家族に管理を任せる」という約束を事前にしておくと、いざという時に対応しやすくなります。
受診・服薬の支援
受診と服薬の継続を、家族がサポートすることが大切です。
- 通院に付き添う
- 服薬を見守る
- 主治医と情報共有(本人が伝えない症状を伝える)
- 予約日を一緒に確認
- 薬を飲み忘れないよう声かけ
緊急時の対応
身の危険を感じる、自傷他害のおそれがある場合は、迷わず以下の窓口に連絡してください。
- 【精神科救急情報センター】各都道府県に設置
- 【保健所】平日日中の精神保健相談
- 【主治医】緊急時の連絡方法を確認しておく
- 【警察】110番(暴力・自傷他害の差し迫った危険)
- 【精神科搬送サービス】民間の専門業者
躁状態の後の「後始末」

躁状態が落ち着いた後、本人と家族には大きな「後始末」が待っています。これは精神的にも非常に辛い過程ですが、適切に対応していくことが大切です。
浪費・借金の対応
躁状態中の浪費・借金への対応は、専門家の力を借りましょう。
- クレジットカードの利用明細を確認
- 銀行口座の入出金を確認
- 契約書類を全て確認
- クーリングオフ可能な契約を解約
- 債務整理(任意整理・個人再生・自己破産)を弁護士に相談
- 法テラス(無料法律相談)の利用
- 消費生活センターへの相談
躁状態中の契約は、医師の診断書を基に「意思能力欠如」を主張して取り消せる場合もあります。早めに弁護士に相談しましょう。
人間関係の修復
躁状態中に傷つけてしまった人との関係は、時間をかけて修復していきます。
- 謝罪の手紙・電話
- 「病気の症状だった」と説明する勇気
- 一度に修復しようとしない
- 関係修復が難しい人とは距離を保つ
- 家族には特に丁寧に向き合う
すべての関係を元通りにすることは難しいかもしれません。それも病気の影響として、自分を過度に責めずに受け入れていきましょう。
仕事・職場への対応
躁状態中の言動が職場に影響を与えている場合の対応です。
- 退職届を出した場合、撤回を相談する
- 休職制度の利用を検討
- 傷病手当金の申請
- 産業医・人事への相談
- 主治医の診断書で病気であることを説明
- 障害者雇用への切り替え検討
勢いで退職を決めてしまった場合、撤回が認められることもあります。早めに会社と相談しましょう。
後悔・自責への対応(うつ転)
躁状態が落ち着いた後、本人は強い後悔・自責の念に襲われることが多く、これがうつ状態のきっかけになります(うつ転)。
- 「病気の症状」として受け止める
- 自分を過度に責めない
- 信頼できる人に気持ちを話す
- カウンセリングの利用
- 「次の再発予防」に意識を向ける
- 主治医に正直に気持ちを伝える
躁状態後のうつ状態では、自殺リスクが非常に高くなります。「死にたい」気持ちが強い時は、迷わず主治医や24時間相談窓口(よりそいホットライン:0120-279-338)に連絡してください。
躁状態の再発予防
双極性障害は再発しやすい病気で、発症後5年以内に約8割の方が再発するとされています。再発予防のため、以下の対策が重要です。
- 【服薬の継続】症状が安定しても、自己判断で薬をやめない
- 【規則正しい睡眠】毎日同じ時間に就寝・起床。最低7時間の睡眠
- 【生活リズムの安定】食事・運動・休息のバランス
- 【ストレス管理】無理なスケジュールを避ける
- 【早期サインの把握】自分の躁状態の前兆を知る
- 【気分日記】毎日の気分を記録し変化を察知
- 【定期通院】調子がよくても通院を続ける
- 【アルコール・カフェイン制限】睡眠と気分を乱す要因を減らす
- 【家族との情報共有】サインの早期発見
- 【季節の変わり目に注意】春・秋は躁転リスクが高い
再発予防のカギは、「自分自身を客観的にモニタリングする力」と「家族・主治医との連携」です。寛解期こそ、再発予防に取り組む最も大切な時期です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 躁状態は自分でコントロールできますか?
残念ながら、躁状態を本人の意志だけでコントロールするのは困難です。脳内の神経伝達物質のバランスが大きく崩れている病的状態のため、「落ち着こう」「やめよう」と思っても抑えられません。早めに医療機関を受診し、薬物療法でコントロールすることが必要です。寛解期に「次に躁状態になったらどうするか」を事前に主治医・家族と決めておくことが現実的な対策となります。
Q2. 躁状態は何日ぐらい続きますか?
個人差がありますが、治療しない場合は数週間〜数ヶ月続くことが多いです。中には半年以上続くケースもあります。適切な治療を受ければ、1〜2ヶ月程度で改善することが多いです。躁状態が長引くほど社会的影響が大きくなるため、早期治療が重要です。
Q3. 軽躁状態だけでも治療は必要ですか?
はい、必要です。軽躁状態は社会的トラブルが少ないため軽視されがちですが、放置すると躁状態への移行・うつ状態への急激な転換・急速交代型(ラピッドサイクラー)へのリスクがあります。また軽躁状態を繰り返すうちに、気分の波がより激しく難治化する傾向もあります。軽症のうちに気分安定薬で治療を始めることが、長期的な予後を良くします。
Q4. 抗うつ薬で躁状態になることはありますか?
はい、あります。これを「躁転」といい、双極性障害がうつ病と誤診されて抗うつ薬を単独使用した場合に起きやすい現象です。SSRI・SNRI・三環系抗うつ薬で起こりやすく、双極性障害の方には抗うつ薬の単独使用は基本的に避けるべきとされています。うつ病の治療で急に元気になりすぎた、むしろ気分の波が激しくなった——という場合は、主治医に伝えてください。
Q5. 躁状態中の借金・契約は取り消せますか?
ケースによっては取り消せます。クーリングオフ期間内であれば特定商取引法で取り消し可能です。期間を過ぎていても、躁状態中の意思能力欠如を主張して契約取り消しを求めることもできる場合があります(民法)。主治医の診断書が証拠となります。早めに弁護士・法テラスに相談しましょう。借金については、債務整理(任意整理・個人再生・自己破産)で対応できることもあります。
Q6. 家族が躁状態でも受診を拒否します。どうすれば?
無理強いは逆効果なので、以下の方法を試してみてください。①「眠れていないみたいだから一度診てもらおう」など病気と直接関係ない切り口で誘う、②信頼できる第三者(親戚・友人・かかりつけ医)から勧めてもらう、③家族だけで先に主治医・保健所・精神保健福祉センターに相談、④自傷他害のおそれが高い場合は精神科救急に連絡し、医療保護入院を検討。一人で抱え込まず、専門家の力を借りましょう。
Q7. 躁状態を経験した後、必ずうつ状態になりますか?
必ずというわけではありませんが、躁状態の後にうつ状態(うつ転)に移行することは比較的多くあります。躁状態でエネルギーを消費し尽くした反動、躁状態中の言動への自責感などが要因です。うつ転を予防するためには、躁状態を早めに鎮め、その後も気分安定薬を継続することが重要です。うつ転後のうつ状態は通常のうつ病より自殺リスクが高いため、家族の見守りと早期受診が大切です。
まとめ
双極性障害の躁状態について、重要なポイントをおさらいします。
- 躁状態は気分・思考・行動・身体が異常に活発になる病的状態
- 「ハイテンション」とは異なり、1週間以上持続する
- 本人は「絶好調」と感じ病識がない
- 躁状態と軽躁状態は社会生活への影響度で区別される
- 症状は「気分」「思考」「行動」「身体」の4分野に現れる
- 浪費・暴言・衝動的決断などで人生に深刻な影響
- 睡眠不足が躁状態の最大の誘因
- 治療はリチウム・非定型抗精神病薬が中心
- 入院が必要なケースも多い(医療保護入院の選択肢も)
- 家族は否定せず・財産を管理し・受診を促す
- 躁状態後の後始末(浪費・人間関係・仕事)は専門家の力を借りる
- 再発予防には服薬継続と睡眠リズムが鍵
躁状態は本人にとって「最も調子がいい時」に見えますが、実際には生活や社会活動に大きな影響を及ぼしうる状態です。本人・家族の双方が正しく理解し、早期発見・早期治療につなげることが、人生と社会的信用を守る最良の方法です。
もし「自分が・家族が躁状態かもしれない」と感じたら、ためらわず精神科・心療内科を受診してください。適切な治療で、躁状態をコントロールしながら充実した人生を歩むことは十分可能です。
双極性障害でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
監修者
院長 根木 淳
愛知県生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、大手金融機関に勤務。2005年、秋田大学医学部卒業後、名古屋市立大学医学部精神科に入局。八事病院、三重県立子ども心身発達医療センターなどで研鑽を積む。京都大学医学部大学院とfMRIによる精神症状の脳機能の共同研究を経て慶應義塾大学大学院精神・神経科に入局。東京大学工学系研究科と連携して自動車運転の認知機能と安全性についての研究を行う。大学病院での診療、戸田病院、秋元病院、ガーデンクリニックなどでの診療業務に併行して、外資系及び国内大手IT企業、外資系大手コンサルティングファーム、テレビ・インターネット通販企業、都市銀行、国内大手証券会社、総合商社、特許翻訳・知財コンサル系企業、建設コンサルタント企業、広告代理店、大手旅行代理店、独立行政法人(公的法務支援機関)、大手不動産、大手企業信用調査会社、グローバルEC系企業、大手アパレル企業、国内最大手スーパーなど、都心大企業を中心に50社以上の産業医として企業のメンタルヘルスに従事。令和2年5月、北越谷駅前さくらメンタルクリニック院長に就任。併行して産業医業務に従事している。 【資格・所属学会など】 日本精神神経学会専門医・指導医 精神保健指定医 日本医師会認定産業医 日本老年精神医学会専門医・指導医